自分の力ではどうしようもないこととどう向き合うか
自分一人の力ではどうしようもないことってありますよね。例えば、天災であったり電車の遅延であったり。
他にも僕は最近こんな出来事がありました。
好意を持っていた女性に他のパートナーができて振られてしまったのです。そもそも僕は男として眼中に無く相手にされていませんでしたけどね。さらに身長が低い人はお断りしているみたいです。
今までも振られた経験はありますが、今回は振られた出来事への解釈が今までと異なりました。
今までは「パートナーがいるのなら仕方がない」「身長は今更どうしようもないから仕方がない」と自分に言い聞かせつつ内心はショックでした。
しかし、今回気付いたのは相手にパートナーがいることや身長が低いこと自体は問題ではないということです。
相手にパートナーがいても、身長が低くてもそれらに代わる魅力や価値を相手の女性に与えることができなかったことが問題なのです。
だから「仕方がない」とは思いません。自分のショックな気持ちを「仕方がない」でごまかし、否定するから自分を責めて苦しくなるのです。
好きなんだからショックは当たり前です。でも、それを「仕方がない」と言い訳しても僕は逆に虚しいです。
一つの出来事として仕方がないで済ませられるけど、自分の事柄としては済ませられない。
なので、自分が一人の人として男性として周囲から少しでも魅力を感じられるような人物を目指して日々生きていくしかありません。
勿論頑張ったからと言って必ず物事が自分の思い通りに運ぶわけでもないですよね。今回の僕の出来事なら僕が頑張ったから関係を築けるわけではないです。相手も同じ人間として人を選ぶ権利はありますから。
ただ、大切なのは手探りでもその時々に必要な自分のできることを最大限に取り掛かることです。少なくても可能性は限りなく高めることできるのではないのでしょうか。「人事を尽くして天命を待つ」です。
冒頭で挙げた天災による被害も日頃の対策によって限りなく最小限に留めることもできます。
電車の遅延も家を出る時間をずらしたら巻き込まれないかもしれません。
このように自分一人の力ではどうしようもないことはありますが、それに対して自ら働きかけることはできます。何も悲観する必要はありません。
くまえ ひでき